聞くっていうことは、

言葉だけを聞くんじゃなくて、

その人の目線や、姿勢や

ての動きや声のトーンや

周りの人の反応から、見えない言葉を

聞こえない言葉を聞くっていうことも

含まれているんだと思うんです。

 

そこに僕は”人の気持ち”があるんだと

そう僕は思っています。

 

見えるようで見えない、

そんな空間に気持ちはあるような気がしてならないんです。

 

誰かが怒っていたとしても、

悲しんでいたとしても、

そこには、それ以上の言葉が

隠れているようでならないんです。

 

怒っている人にかける言葉や

他人が怒っている人のことを見る目や

一緒に怒ってくれる人、

 

悲しんでいる人の隣でじっとして寄り添う人

悲しみに声を掛ける柔らかなトーン

敢えて声を掛けずに激励しようとする人

 

そこには、怒りや悲しみ以上のものが

溢れかえっているようでならないのですよ。

 

話を聞くっていうと、

どうしても「ひと一人」に限定したり、

そういった一対一のコミュニケーションが意識されがちだけど、

コミュニケーションはそれ以上のもだと思えてならないのです。

 

見えているものや聞こえているものばっかりにとらわれていると、

そういった人と人とのやり取りに隠れた、

その場にいる人たちの見えない優しや

見えない怒りや悲しみが、喜びが、歓喜が、見えない気がするのです。

 

聞くってそういう人と人とが相互に影響しあって、

創り上げていく見えない何かを感じて、見て、聞こうと

そうすることだと思うんです。

 

だから、いつだってそういうことが聞こえなくなったり、

見えなくなっている自分がいると

僕はすっごい落ち込むんです。

 

「あ~、やってしまったな」って。

 

一人だけを見ていると、

見えない事も、周りをみれば見える世界がある。

 

その人だけの話を聞いていても、

その人そのものは聞こえてこない時も、

その人が他の人の話を聞いている時や、

別の人と話している声を聞く事で、

わかってくる世界もある。

 

一人だけクローズアップするだけでは

見えてこない世界が、

コミュニケーションというお互いが、

そしてお互い以上の人が影響しあう場には

あるんじゃないかと思うんです。

 

人は互いに影響しあっていますからね。

 

そういった関係やそういった目の前の人だけじゃなく、

環境がはっする声も聞こえるようになれたらいいなと

そんなことを思うのでした。

 

さて、次回の聞き方3月12日(土)16時~19時ですよ(^-^)